調律師という仕事、その可能性 ―技術が、音楽文化を広げていく

ピアノを習っている子どもたち、そしてその指導にあたる先生方にとって、「調律師」はいつもそばにいながら、意外とその仕事の中身を知らない存在かもしれません。ピアノの音を整える「調律」、鍵盤のタッチを整える「整調」、音色をつくる「整音」――。この技術を土台に、楽器店経営、コンサート企画、地域の音楽文化づくりへとキャリアを広げているお二人に、お話を伺いました。


調律師の技術
「調律」「整調」「整音」「修理」って何?

ピアノのお手入れというと「調律」だけをイメージする方が多いかもしれません。でも実は、調律師の技術的な仕事は大きく4つに分かれています。

調律

ピアノの音の高さを合わせる作業です。ピアノには220~240本ほどの弦が張られていて、この一本一本の張り具合を調整して、正しい音の高さになるように整えます。「ピアノのお手入れ」と聞いて最初に思い浮かぶのがこの作業です。

整調

鍵盤を押したときの「タッチ」、つまり指に伝わる感触を整える作業です。ピアノの中には、鍵盤を押すとハンマーが弦を叩く、という複雑な仕組み(アクション)が入っています。この仕組みの一つひとつの部品の高さや動く距離をミリ単位で調整することで、弾きやすさが大きく変わります。

整音

弦を叩くハンマーのフェルト(羊毛でできた部分)に針を刺すなどして、音の硬さや柔らかさ、響き方を調整する作業です。同じピアノでも、整音次第でやさしい音にも、はっきりした音にもなります。実は、調律よりも知られていない技術ですが、ピアノの「表情」を決める重要な工程です。

修理

修理 弦が切れた、鍵盤が動かなくなった、ペダルの調子が悪い、といったトラブルを直す作業です。長年使われたピアノには部品の劣化がつきものですが、修理によって新品のような状態を取り戻すことができます。

この4つの技術を組み合わせながら、調律師はピアノという楽器を、弾く人にとって最良の状態に整えています。


インタビュー
平瀬友喜さん
ピティナ調律会員・さんだステーション代表・株式会社ひらせ 代表取締役
調律師になったきっかけ

当店はもともと眼鏡店でした。父がメガネ技師だったのですが、そこから楽器の商売に広げていく中で、「とりあえず調律ができるようになっておきなさい」ということで、父の勧めに伴い、ヤマハピアノテクニカルアカデミーに入学しました。そうして始まった調律師としての道でしたが、卒業後は実家の楽器店に戻り、店番をしながら調律の腕を磨く日々を重ねてきました。

「整調」へのこだわり
転機になったのは、ベヒシュタインの100年ほど前のアップライトピアノとの出会いでした。お客様と試弾し、いい音だなと感じた一方、構造も今のものとはかなり違っていて、正直「これは面倒を見るのは大変だな」と思ったのが本音でした。それがきっかけで八王子での出荷点検研修に行かせていただき、そこで自分の調律の技術がまだまだ未熟だということを痛感し、基礎から整調を一から鍛え直していただきました。同じ時期にシゲルカワイの研修にも行かせていただき、この2つの経験を経てから、整調がいかに大事かということを強く感じるようになりました。

整調をきちんと行うと、タッチが変わって弾きやすさがまるで違ってきますし、実は音の出方まで変わってきます。かなり古いピアノでも、整調によって復活する可能性もあります。あるとき、別の調律師にオーバーホールで300万円ほどかかると言われたC7型のグランドピアノについてご相談を受けたことがあったのですが、整調と調整で2日ほど対応させていただいたところ、状態が改善し、非常に喜んでいただけました。いきなりオーバーホールに踏み切る前に、まず整調を一からきちんと行う。それだけで音の出方も弾きやすさもまったく違うものになります。

「調律ができる」という信頼感

現在、当店には調律師が私を含めて3人、そのほかに電子楽器の技術者が1人おります。日頃調律以外のお仕事で関わるお客様から「調律までできるんですか」と驚かれることも多いのですが、当店は技術の店として、その信頼感は確かにあると感じています。ただ、労働集約型の仕事ですので、自分が動かないと部門が回らないというのが正直、一番の悩みどころです。それでも、経営に携わるようになった今も、自分自身が現場で調律の技術に向き合い続けることは、これからも大切にしていきたいと思っています。

調律の技術から広がった事業の輪

イベント運営にも力を入れています。きっかけは、先生方からママさんコーラスの発表会の音響を手伝ってほしいと頼まれたことでした。できる範囲で対応しているうちに機材が増え、今では本格的にPAの仕事もお受けしています。ピティナのコンペやステップの運営も担わせていただいており、調律の技術を土台に企画から運営まで自社で完結できるのが強みだと感じています。
音楽特化型の放課後等デイサービス事業も始めました。当店にレッスンに通ってくださっていた障害のあるお子さんが、時間はかかりながらも音楽とのかかわりを通じて、挨拶ができるようになっていく様子を見て、これは形にできるのではないかと思ったのがきっかけです。どの事業も、調律という技術への信頼があったからこそ、少しずつ形にしてこられたものだと思っています。

地域の音楽文化を支える窓口として

自分がイベントの舞台袖に控えていると、演奏中のトラブルにもすぐ対応でき、お客様や先生方に安心していただけます。何か困ったときに、ピアノのことなら平瀬楽器に相談すればいい、と思っていただける。それが、地域の音楽文化を支える窓口としての強みになっていると考えています。
毎年夏には、ピアノの解体ショーという企画も行っています。数年に1人は「調律師になりたい」と言ってくれる子がいて、自分達の姿を見てそう言ってもらえるのは本当に嬉しいです。調律師は、ピアノを弾く方々だけでなく、音楽を理解している存在として音楽文化をつなぐ役割を果たせる、大事な仕事だと思っています。

平瀬友喜さんのピティナ調律師紹介ページはこちら
宮城賢太さん
ピティナ調律会員・城北紡夢樹ステーション代表・ピアノ調律エムパレス:一般社団法人ピアノ文化協会 代表
「音の狂い」に気づく敏感さから

調律師を目指したきっかけは、高校時代の吹奏楽部での経験でした。自分は、演奏そのものよりも、太鼓の皮の張り具合を整えるといった楽器のメンテナンスに興味を持ちやすく、音の狂いをすごく気にするタイプだと分かっていたので、それを得意分野にすればうまくいくのではないかと思ったのがきっかけです。
そこから国立音楽大学の別科 調律専修(※現在は募集停止)に進学しました。将来、自分の思いをより実現しやすい、フリーランスの調律師として活動したいという思いがあり、音楽大学で学ぶことがその近道になると考えました。音楽に携わる仕事がしたいという思いを大切にした選択でした。

イベントを始めたきっかけ

イベントを始めたのは、調律の仕事を始めてしばらく経ってからのことです。当時、新しいホールが完成し、友人と「何かイベントをやってみたいね」という話になったのがきっかけでした。自分で主催すれば調律にも携われる、というのも大きな動機のひとつでした。第1回は埼玉で合同発表会として開催したところ、飛行機を使ってわざわざ参加してくださった方もいらっしゃり、コンサートホールで演奏する機会が求められていることを実感しました。合同発表会には子どもだけでなく大人の参加者も多く、そうした場のニーズをあらためて感じています。こうしたイベント運営の活動を続けていく中で、一般社団法人ピアノ文化協会を立ち上げるに至りました。合同発表会やコンクールに加えて、ピアノ調律セミナーやピアノ工場見学ツアーなど、ピアノそのものに触れて楽しんでいただく企画も行っています。

ピティナとの出会い、指導者との交流

ピティナとの関わりは、ある方からお声がけをいただいたのがきっかけでした。入会すれば仕組みも分かりますし、自分でもステーションを立ち上げて文化面に貢献できるのではないかと考え、ブルグミュラーコンクールにも関わらせていただくようになりました。ピティナとの関わりが増えたことで、ピアノの先生方の直接の声を聞けるようになったのは大きなメリットで、先生方の気持ちを理解した上で調律の仕事にあたれるようになったと感じています。また、そうして得た情報をもとに、お客様から何かご相談をいただいた際に、より適切な情報をご紹介できるようになり、お客様のニーズに合った情報交換を通じて、信頼関係を築くことにもつながっていると感じています。

イベントと調律、両輪であることの強み

お客様の要望をお伺いする際は、遠回りするよりも、優先的に直すべきところから対応する方が喜んでいただけると感じています。技術だけでなく、要望を汲み取るコミュニケーション能力が求められると思っており、顧客ごとに調律カードをつけて記録を残すようにしています。
ピアノ文化協会のイベントにご参加くださるお客様との間では、年に数回コミュニケーションを取る機会が生まれます。この方であればこんな風にピアノを仕上げて差し上げれば喜んでいただけるな、というイメージがより伝わってきますし、舞台で弾くピアノがご自宅のものと違っても「慣れた音だ」と喜んでいただける。これも、両方に携わっているからこそのメリットだと思っています。

今後の展望と両立の秘訣

今後は、イベント運営等を通じて知り合った音楽関係者の方々と、協力の輪を広げていきたいと考えています。ホールを定期的に確保することが目下の課題ですが、少しずつ形にしていきたいと思っています。
調律とイベント運営は、別々の仕事のようでいて、実はお互いを支え合う両輪だと感じています。日中は調律の仕事に向き合い、帰宅後はイベントの企画を進める。現場で得たお客様の声がイベントづくりに活き、イベントを通じて広がるご縁が、また調律の仕事に還元される。両方に携わっているからこそ、より良い調律ができるようになっているのではないか、というのが自分の強みだと思っています。

宮城賢太さんのピティナ調律師紹介ページはこちら

ピティナ調律師紹介ページ

ピティナでは会員の調律師をご紹介する「ピティナ調律師紹介ページ」を運営しています。お近くの調律師をお探しの際にご活用ください。

ピティナ調律師紹介TOPへ

調律師になるには
養成学校のご紹介

調律師を目指すには、養成学校で学ぶのが代表的なルートです。

いずれもピアノメーカーが運営する養成校で、卒業後は各社の特約店などへの就職をサポートする体制が整っています。その他、調律科を備えた専門学校もあります。


おわりに

楽器店経営という形で地域に根を張る平瀬さんと、フリーランスとして自らイベントの場をつくり続ける宮城さん。お二人の言葉には共通するのは、「調律」という専門技術が、ピアノを弾く人と音楽との間をつなぐ窓口になっているという実感です。

調律という一つひとつの丁寧な技術の先には、地域の音楽文化を支え、時に広げていく大きな可能性が広がっています。